シンガポール株式会社
開発室室長 多治見氏
「一生仕事がしたい」「身につく仕事がしたい」
けれど、その仕事が何なのか、どこにあるのかわからなかった・・・。
それができる場所を探すことから始まって、本当に「喜び・幸せ・納得」できるものを生み出すようになるまで、まだまだゴールは見えない。
時を重ねてやっと少し見えてきた「生活の中からデザインする」ということ。
まずどのようなきっかけでこの業界に入られたのですか?
福祉系の大学に行っていた頃、このまま福祉の道を進むか、それとも美術系に進むか思い悩み、生涯長く働ける仕事につきたいという思いが強くなり、紆余曲折の末服飾の学校に方向転換しました。
でも、最初から服のデザインをやりたかったわけではないのです。
同じ「フク」でも福祉と服とは、随分道が違いますね(笑)
先日、「服」を身にまとうことで「福が来る」と素晴しいことをおっしゃった方がいらしたのですが、「服」ってただ寒さをしのぐ為だけに着る時代ではなくなって、その人の生活観、想い、住んでいる家や暮らしぶりがその人の服になるんですね。だから、一人一人みんな装いが違います。違ってて当然ですよね。
今はライフデザインの時代だといわれていて、自分が快適だと思われるライフスタイルを自分でデザインする。
つまり自分にとって快適な暮らし方とは何か。
快適だと思われるインテリア、家具、雑貨、キッチン用品といったものの中に「服」もある。
だから、服とは単に着るものではなく快適な状態にある「自分を表現」する一部でもあるんですね。
結構、突きつめると服って哲学に通じる部分もあるんですよ。
ところで、デザインはどんな時にイメージが湧いてくるのでしょうか?
私はね、笑われるかもしませんけど、畑の農作業とかガーデニングをしたりするのが大好きなんですよ。
よく休みのときは家人の手伝いをするんですけど、花も大好きで華道は学生の頃からずっと続けています。
今年の夏は、八ヶ岳にも何度か足を伸ばしました。
「快適だと思える自然のままの状態」に自分を置き、その「快適だと思える空間」の中にあって初めてものづくりのイメージが膨らんでくるのです。
今は「自然との共生」の時代だといわれていますが、自分が快適だと思える状態にいないと、人に「快適な服」など提案できませんからね。
だから、農作業やガーデニングをしている時が私にとっては快適な状態なんですよ(笑)
具体的に、どんなところから入るのですか?
基本的には、ターゲットをまず決めます。ターゲット層が決まれば価格帯もだいたいの年齢層も決まりますから、次にその年齢層の方たちが「どういった行動」をして「どういった暮らし方」をのぞんでいるのかを考えます。
それから体型ですね。どうしても体型だけは年齢とともに変化してきますから、快適で着やすい服を考えないといけません。
パターン設計一つをとっても、服は基本的に肩で着ますから、肩に負担がこないか、手を前に伸ばしたときツッパリ感がないか、どの部分に快適感を持ってくるのかなど押さえておくポイントがいくつもあります。
ヤングは服に体が合わせられますけど、だんだん年齢を重ねてくると若く見せたい、流行もとり入れたい、着心地もよくないといけないなどバランスが必要になってきます。
あとは「色」ですね。
色というのはそれを身にまとう心理効果というものがあります。
淡いピンクは結婚式など華やいだ装いの時に。紫はエレガントな装いを表現したい時になど。
人は服を買う時87%は視覚から入りますから、まず目に付いた色、或いは今年の流行色などを手にとり、次に素材感、価格を確かめます。
それから実際に着てみて楽かどうか、軽いか、若く見えるか、そういった要素が決め手になります。
服が「売れた」というのは、次に又そのブランドを選んでくださった時、初めて「売れた」といえるのです。
1回限りでは「売れた」ことにはならないのですよ。
ですから、企画・デザインをする人間には大きな責任が介在してきますから、それを考えるのは「自分」であるという時「個人」に戻るんですね。
自分の暮らし方、見方、考え方そしてたくさんの物や人との出会いを通して、そこから形成されるファクターがものづくりの原点になってくるので、いつまで経ってもゴールは見えないんです。
日本の若い女性は流行に走りがちで、みんな個性がないように
みえるのですが、その辺りはどう思われますか?
それは、それでいいんですよ。企画する時は世代別に分けて考えますが、やっぱりジェネレーションによって全く思考経路が違います。今の30代後半の女性は、グレードアップ思考でワンステップ上の豪華なイメージのものを、20代後半の団塊ジュニアといわれる世代はもっとシンプルなものを、その下の20代前後はプリクラ世代といわれ、その世代の特徴が凄くあらわれています。
女性ファッション誌などは読者層のターゲットを絞って編集されていますから、その世代の思考経路から、どういった店を好み、服を買い、習い事をし、仕事を選ぶのかなどいろいろな角度から分析され発信されていますよね。
服を企画・デザインする時も同じで、「若い」層というとらえ方ではなく、その年齢の層に生まれた「グループ」に対し、何を企画するのかというとらえ方をしますから、すっごく面白いですよ。
30年近くデザイン一筋の道をこられて、最近女性が変わったと思われることは?
50代半ばの団塊世代といわれる女性の服装が随分変わりましたね。
後から見ていたら親子ではなくまるで姉妹のようにみえますから。
30年前の同じ世代の女性と比べたら、10歳は若いですよ。
ただね、体型の変化だけはとめられない。そこで本当の服づくりの技術が要求されるんですよ。
若い頃から情報の世界で年を重ね、暮らし方も大きく変わってきた世代ですから「いい服とは何か」を知っている世代でもあるんですね。
たしかに最近のお母さんは若くなりましたよね(笑)。
ところで来年流行る傾向の色とかスタイルというのはどこでキャッチしているのですか?
国内や海外でどんなデザインや色が流行するのか、来年どころかもっと先の傾向まで判っていますよ。
世界のネットワークの中で、社会の動き、人間の動き、何が注目されているのか、それらを全部集約した中で生み出されるものなんです。でもね、何が流行るかすぐ分かるわけではないんです。
今はコンピュータによる情報化社会の中で便利になった反面、「自然との共生」でホッとしたい、癒されたいという対極の面も必要とされているんです。
異質、対極にある部分をいかに融合して、ハーモニーするかが今の時代性なんですよ。
その中から、デザイン、スタイリング、素材感、色などがでてくるのですから、そう簡単にはつくりだせませんよね。
将来アパレルの世界で働きたいと思っている学生さんに一言お願いします。
自分自身、まだゴールがみえない。
そんな私が人に何かを教える立場にはないけど、美しいものを美しいと言える、綺麗なものには素直に感動する心を持ちつづけて欲しいですね。
最後に、本当におしゃれな人とは?
白髪になっても、集約された商品の中からさりげなくそして美しく着こなしている人。
年を重ねた時に出てきた美しさは「かっこいい」と思います。
ありがとうございました。
一生身につく仕事がしたいと探し求めてきた「デザイナー」という仕事。
「快適な生活の中」にこそ、イメージが広がると話す多治見さんの目は、
インタビュー中ずっとキラキラと輝いていました。
◇ 多治見さんのプロフィール
岐阜県生まれ。
福祉系の大学から服飾系の学校に転向しデザイナーを目指す。
1973年 シンガポール株式会社入社、現在開発室室長。
Mailto :
info@gifu-fashion.com